やっちゃんと地検 [日記]
20年ほど前かな、知り合いんとこ寄ったら、
やっちゃんが遊びに来てた。
何故か一緒に飲むことになり、いろんな現場の話を聞いた。
その中で今でも記憶にあるのが、
捕まって、地検まで行ったら、
もう、お手上げだそうで
ひっくり返すことはできんとか言ってました。
なんか妙に懐かしく思い出してしまった (^^)v
そういえば高校の同級生で弁護士とかそっち方面の食についたのは誰もいないなぁ。
医者は、ひとりいたけど。
田舎の高校だからトップと底辺層の成績の違いは、
むちゃくちゃだったもんね。
公立だったけど、3年生のクラスわけは、
私立文系、私立理系、国公立文系、国公立理系。
私立文系は、推薦枠狙いで、
テストの時は半分答えを先生が押してるようなもんだった。
成績が下駄履かせる、とうぜんあがる。
すると内申書も、いいこと書かれて、無事推薦合格。
かくして、国公立理系に放り込まれた私は、
学校の定期試験も難しく、成績は後ろを見ると・・・
完全に落ちこぼれでしたね。
学校の三者面談、国公立は合格するとかはない!
一般的な大学でも無理。
ダメ元で、給費制特別枠受けたけど、
やっぱり落ちた。ただ、一般合格にはなった。
とりあえず、年末に合格を手にれることはできた。
そして、国公立、合格するとこないよと、
担任から太鼓判押されて、受けるなら二部を受けろ言われ、
二部を受けた。
夜間の部ですね。
すると合格しちゃった・・・(^^)v
でも、当時その地域は、抗争激化地域だったの父は、
金のかかる私立に私を活かせた。
ココで無理して、自分の意見通して、
二部に行ってれば、また私の道も違っただろう。
授業料、年間10万くらいだったかな、忘れたけど。
一緒に合格した奴は、そこに入学したけど、
寮に入って、寮費は月5千円だったかな。
するとそいつがたまたまにのみに出て、
横で一緒に飲んでたじいさんが、どっかの親分さんだったそうだ。
普通のそこら辺のじいさんと、全く変わらん人だったと言ってた。
やっちゃんが遊びに来てた。
何故か一緒に飲むことになり、いろんな現場の話を聞いた。
その中で今でも記憶にあるのが、
捕まって、地検まで行ったら、
もう、お手上げだそうで
ひっくり返すことはできんとか言ってました。
なんか妙に懐かしく思い出してしまった (^^)v
そういえば高校の同級生で弁護士とかそっち方面の食についたのは誰もいないなぁ。
医者は、ひとりいたけど。
田舎の高校だからトップと底辺層の成績の違いは、
むちゃくちゃだったもんね。
公立だったけど、3年生のクラスわけは、
私立文系、私立理系、国公立文系、国公立理系。
私立文系は、推薦枠狙いで、
テストの時は半分答えを先生が押してるようなもんだった。
成績が下駄履かせる、とうぜんあがる。
すると内申書も、いいこと書かれて、無事推薦合格。
かくして、国公立理系に放り込まれた私は、
学校の定期試験も難しく、成績は後ろを見ると・・・
完全に落ちこぼれでしたね。
学校の三者面談、国公立は合格するとかはない!
一般的な大学でも無理。
ダメ元で、給費制特別枠受けたけど、
やっぱり落ちた。ただ、一般合格にはなった。
とりあえず、年末に合格を手にれることはできた。
そして、国公立、合格するとこないよと、
担任から太鼓判押されて、受けるなら二部を受けろ言われ、
二部を受けた。
夜間の部ですね。
すると合格しちゃった・・・(^^)v
でも、当時その地域は、抗争激化地域だったの父は、
金のかかる私立に私を活かせた。
ココで無理して、自分の意見通して、
二部に行ってれば、また私の道も違っただろう。
授業料、年間10万くらいだったかな、忘れたけど。
一緒に合格した奴は、そこに入学したけど、
寮に入って、寮費は月5千円だったかな。
するとそいつがたまたまにのみに出て、
横で一緒に飲んでたじいさんが、どっかの親分さんだったそうだ。
普通のそこら辺のじいさんと、全く変わらん人だったと言ってた。
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